2007/01/31

別所温泉 安楽寺




北向観音の反対の道を歩く。坂道を行き右に曲がり石段を上ると鐘楼がある。まっすぐ行って突き当りに本堂がありお参りをしてから拝観受付をして進むとすぐ前に経蔵がある。地蔵の前を過ぎるともう目の前が八角三重塔だがもう少し細い坂を上っていくとようやくたどり着く。雪があり滑りそうだったが、さらに上って上から見てみた。八角も珍しいが、三重の下の初重に裳階(もこし)[ひさし又は霧よけのるい]をつけ四重に見える珍しい塔だ。八角の屋根が弧状でとても美しく見えた。建立年代は鎌倉末期。
写真 上、中 美しい姿の八角三重塔
     下  鐘楼

2007/01/30

信州の鎌倉 別所温泉 北向観音





お寺に縁があり、別所温泉へ行ってきた。宿に荷物を置いてすぐに安楽寺と北向観音へ行ってきた。安楽寺は次回に紹介することにして今回は北向観音を。名前のように北向きしている寺。石段を上がると右側に鐘楼とすごく立派な木「愛染かつら」がある。本堂、不動堂、薬師堂等のいくつもあるお堂を見学して写真を撮ったが4時近くで少し暗くてはっきりしない写真となった。宿ではゆっくり温泉に入った後、宿で用意してくれた浴衣を着て夕食をいただき幸せな気分になれた。

2007/01/28

冬の京都 百萬遍知恩寺




吉田神社から京大の横を通って今川通にでる。京大生が多いこの辺はちょうど昼時のためあちこちで弁当が売られていた。食堂に入り昼食をゆっくりいただく。お腹も一杯になり東大路通に向かって歩いていくと右側に百萬遍知恩寺と書かれた大きな寺に着く。1331年京都に疫病がはやったときに住職が百萬遍念仏を唱えたら治ったので天皇からこの名前を賜ったといわれる。毎月15日に「百萬遍大念珠くり」がリズミカルな鐘の音にあわせて、円周約100m、重さ320Kgの世界最大の大念珠を手に取り念仏を唱えながらひざの上に乗せて隣の人へ順に送るまことに荘厳なものがとり行われる。
 この寺を最後に冬の京都、神社寺めぐりを終えた。お付き合いありがとうございました。

冬の京都 吉田神社




真如堂から宗忠神社、竹中稲荷の鳥居のまえを通り少し歩くと鳥居が見え大元宮があるが、この日は中へ入れないので外から写真を撮っただけ。八角形の小さいがきれいな建物がある。料理の神の山蔭神社を見て吉田公園の静かなひなびた雰囲気を感じながら、散歩する高齢者や子供づれのお母さんとすれちがい吉田神社へ入る。ちょうど交通安全祈願が行われていた。境内には舞殿(ぶでん)直会殿(なおらいでん)、着到殿、行事所等の建物があった。
 写真 上 大元宮 奥の門の中に八角形の建物がある
  中、下 境内にある殿

冬の京都 真如堂(しんにょどう)




金戒光明寺、三重塔手前の墓地の中にある細い道を北へ行くと真如堂に出る。ここの三重塔も綺麗だ。本堂へ入って拝観を申し込むと案内、説明をしてくれた。うなずきのあみだと呼ばれるエピソードがある阿弥陀如来像見たり、3月に公開される大涅槃図(だいねはんず)の話等を聞いて庭園へ行く。この庭園は、比叡山、東山を背景にした枯山水庭園で、緑の苔と白い砂、石、植木がきれいに配置されていたが写真は逆光できれいに撮れなかった。説明が終わってから本堂の周りをゆっくり見学して三重塔を撮って真如堂を後にした。
写真 上 三重塔 秋は紅葉で真っ赤になる
   中、下 枯山水の庭園

2007/01/27

冬の京都 金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)




岡崎神社の横の道を北へ歩くと金戒光明寺こと「黒谷さん」と親しまれている寺の境内に入る。西へ歩き大きな山門の前に立ち見上げると、時代劇によく利用されるというので「見たことある」のでは?石段を上がると昭和に建てられた御影堂大殿が威厳ある風格をたたえその横には熊谷直実が鎧を洗ってかけたという「よろいかけの松」が見事な姿を見せている。もとへ戻り東へ上ると三重塔が美しい姿で建っていた。この周りにある黒谷墓地は京都三大墓地の一つで偉人や著名人の墓が多いことで有名というが分からなかった。
写真 上 山門
    中 御影堂大殿とよろいかけの松
    下 三重塔

2007/01/26

冬の京都 下鴨神社




一条寺下り松町から北8のバスに乗る。二つ手前で下車てしまい20分近く歩いて下鴨神社に着くが、4時を過ぎてしまい拝観ができないので境内を自由に見学する。本殿は再建されたが国宝。本殿の前の舞殿を中央にして、東に橋殿と細殿、西に神服殿と供御所などがあるが朱塗りの楼門が一番目立つ。君が代の♪さざれいしの いわおとなりて~のさざれ石を見たりして広い境内を歩く。糺の森(ただすのもり)には倒壊した古木があるが見ないでホテルへ戻った。

2007/01/25

冬の京都 金福寺



 八大神社から聞きながら細い道を南へ行くと金福寺がある。石段を上がったすぐ左にある弁天堂は村山たか女が建てたもの。(安政の大獄の井伊直弼の懐刀だった国学者、長野主膳の愛人だった「たか」は大老の密偵をつとめたらしく、直弼が暗殺されると勤皇浪士に捕らえられ、三条河原に3日3晩生き晒しにされ、尼になって金福寺に入った。)受付をして本堂を見て庭園を行くと目の前の高台に芭蕉庵があり、もう少し上がると蕪村や多くの歌人の墓、歌碑がある。『徂く春や 京を人目の 墓どころ』虚子 等いくつもある。見学を終え、すぐ近くの喫茶店でコーヒーをいただき元気をだして次へ。

2007/01/24

冬の京都 八大神社




詩仙堂のすぐ隣の八大神社の鳥居をくぐり参道を歩き、中村金之助が演じた宮本武蔵の写真を見ながら行くとこじんまりした神社がある。石段を登っていくと本殿の手前に武蔵の像とお堂の中には一条寺下り松の古株が祀られている。宮本武蔵が吉岡道場の一門数十人と戦った松だ。見ているとテレビのシーンが思い出され、しばらく眺めていた。
 写真 中 松の古株があるお堂
     下 現在の一条寺下り松

2007/01/23

冬の京都 詩仙堂



円光寺から5分ほど歩く。竹薮の中にある小有洞の簡素な門をくぐり、綺麗な竹を見ながら石段を上がって行き老梅関の門をくぐり中へ入る。石川丈山が作ったといわれる。壁には狩野探幽が描いた中国の詩家36人の肖像画が掲げられていた。その図上に各詩人の詩を丈山が書いて四方の壁に掲げた「詩仙の間」を中心にしていることから詩仙堂呼ばれるが、正式には「凹凸窠おうとつか」だそうだ。座って庭園を眺める。「紅葉、サツキの花のころは綺麗だろうな」としばらく眺めていてから外に出て、庭園を歩いて回った。

2007/01/22

冬の京都 圓光寺




案内に沿って曼殊院から15分ほど歩くと圓光寺に着く。この寺も紅葉の名所だが今日は誰もいない。家康が国内数学の発展を図るためにこの寺を建て学校とした。裏山には家康を祀った東照宮や村山たか女(この寺で68歳の生涯を閉じた)の墓がある。あまりに静かなので水をかけて、水琴の音を楽しむことができた。
写真 中 秋には紅葉で真っ赤になる庭園
    下 家康を祀った東照宮

2007/01/21

冬の京都 曼殊院




修学院離宮のわき道は坂もあるが静かで、のんびり歩いて行くと、紅葉時は綺麗なカエデ、モミジが落葉後の姿で迎えてくれる。中へ入ると受付の前になんと赤いモミジの葉が残っていた。虎の襖絵や幽霊の掛け軸を見て進む。黄昏の間には10種類の寄木で造られた曼殊院棚(写真中の欄間の下が曼殊院棚)、それに真垣と表菊、裏菊を交互の配した欄間が美しく目をひいた。庭園、書院を見て外に出るとすぐ下に曼殊院天満宮(写真下)がありその境内にある茶屋で食べたにしん蕎麦がおいしかった。

2007/01/20

冬の京都 修学院離宮


 赤山禅院のすぐ隣が修学院離宮。地蔵を曲がれば目の前に見え、すでに来ている人がいて係りの人に、はがきと証明書を見せて中に入りビデオを見たり、写真を撮って待つ。静かで総面積が5万5千㎡を超える広さで、今回私たちは3Kmを歩き、下、中、上離宮を松並木、田畑の自然の中を歩き見学した。若い女性が案内説明をしてくれ、最後から男性がつく。まず寿月観へ行く。御幸門(みゆきもん)の鍵を開け中に入ると庭園が美しい。「紅葉のころは素晴らしいだろうな」と思いながら襖絵や杉戸絵を見て綺麗な松並木をのどかに歩き中離宮へ入ると楽只軒(らくしけん)、客殿があり、互い違いに配された、大小5枚の棚板がいかにもかすみがたなびいているように見えることから霞棚と呼ばれ天下の三棚と称されている。襖絵や庭園を見て上離宮へ行く。石段を登っていき見下ろすと大きな池、浴龍地があり、山々から京都市街が見渡せ、ここからの眺めは最高だった。池の周りを一周する。船着を見て、西浜を歩くと大刈込みの生垣が続く。数十種類の常緑樹を混植したもので、所々にある穴で刈り込むそうだ。来た道を帰り1時間20分の見学を満足して終えた。

2007/01/19

冬の京都 赤山禅院




ホテルを8時15分ころ出てバスで修学院離宮道で降り、東側へ20分近く歩くと地蔵があり左折するとじき赤山禅院の鳥居が見える。朝早いので誰もいない参道を歩いて行く。拝殿の前の階段の横の堂の屋根に猿の像があり、拝殿の屋根の峰には赤い陶製の猿が網に囲まれてある。ここは御所から東北の『うしとら』の方角にあり古来鬼が出入りする鬼門と考えられ、方除けや厄除け神として信仰された。七福神やいくつもの石像やお堂があるが、10時から修学院離宮の予約があるので9時30分ころにはここを後にした。
 写真 上 階段の奥が拝殿で屋根の上に四角く見えるのが赤い猿
     中 階段の右横のお堂の猿
     下 たくさん並んでいて面白かったので撮った

2007/01/18

冬の京都 勧修寺




 随心院から15分ほど歩くと(この間は足が重くきつかった)『かじゅうじ』『かんしゅうじ』ともいう寺に着く。この日最後の拝観で中へ入ると君が代にある『さざれ石』が石の台の上に載っていた。庭園を歩いていくと樹齢750年といわれるハイビャクシンというひのき科の樹が地面をはうようにひろがっていて、その中に水戸光圀寄進と伝わる灯籠がある。その奥には臥竜の老梅が蕾を開く準備をしていた。庭園は広く「氷室の池」は初夏にはハナショウブ、スイレン、ハスの花が一面に咲きとても綺麗とのこと。いまは寒桜が少し咲いていただけだった。

2007/01/17

冬の京都 随心院




 醍醐寺を出て旧奈良街道を北に20分ほど歩くと右側に随心院がある。この寺は小野小町宅跡の伝承を持ち、晩年をすごした寺。奈良街道に近い梅園の近くに小町の化粧井あり、裏側にはたくさんもらった恋文で作った小町文塚と小町塚等がある。梅はまだ蕾だったが3月には紅梅が咲き、最終日曜日には「はねず」がおこなわれる。小町と深草少将の伝説を子供たちが童歌にあわせ舞い踊るのだそうだ。この寺は静かだったが春にはにぎやかなことと思う。
 写真 上 小町文塚
     中 参道  この左に梅園、右に小町の化粧井がある(写真下)

2007/01/16

冬の京都 醍醐寺



 仁王門は修復工事中で外観は隠れていたが仁王様は窓から見ることができた。門を抜けて境内を歩いていくと目に入るのが五重塔と金堂。両方とも国宝で五重塔は戦火をまぬがれた京都市現存最古の建造物で高さが38mもあり行ったり来たりして眺めていた。金堂の横の不動堂をみて歩いていく。鐘楼堂、大講堂を過ぎると池があり赤い弁天堂が目立つ。「紅葉のころはいいだろうな」と思いながら写真を撮る。回転扉を通ると上醍醐への登山口のあたる「女人堂」といわれる成身院(じょうしんいん)がありその前には不動明王等5つが祀られていた。上醍醐へは1時間もかかるというので行かないで外側の道で戻った。醍醐寺の大きさ、秀吉の力を改めて感じて歩いた。
写真は 金堂と五重塔

2007/01/15

冬の京都 醍醐寺 三宝院




 冬の京都は松本より暖かく、一番嬉しいのは観光客が少ないので思いどうりに見学できることだ。東山から地下鉄東西線で醍醐寺まで行き、住宅の間を歩いていくと醍醐寺の総門が見える。受付をして三宝院から見学。大玄関から入り、葵の間、秋草の間、勅使の間の見事な襖絵を見ていくと素晴らしい庭園。亀島、鶴島の松が形よくあり、石が白い砂の上、緑の苔の上、また手入れされた植木のそばにと見事に配置されていた。ただ残念だったのは手入れ中で水が池に無かったことだが、今まで見たことの無い庭園にしばらく見とれていた。表書院、本堂、奥宸殿と国宝、重文をゆっくり見学できたのが嬉しく満ち足りた気持ちで次へ向かった。
写真 上 総門
    中 大玄関(三宝院)
    下 唐門(三宝院 国宝)